高校のとき馬術部に入部したのがきっかけで、馬と触れ合う仕事がしたいという気持ちがずっとあったんです。部の練習場が京都競馬場の乗馬センターだったので、そのとき指導していただいたJRA職員に憧れて、JRAに入会しました。乗馬の指導者としてはもちろんのこと、開催時の颯爽とした誘導姿に憧れて(笑)。
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馬取扱技能職山下 哲哉
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馬取扱技能職鵜殿 稜河
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馬取扱技能職函館競馬場業務課 乗馬普及係山下 哲哉1999年度入会
入会の動機は?
飼養管理について、心がけていることは?
まず、体調管理ですね。毛並みや目の輝き、しぐさや便の状態などから、体調が悪いときはわかりますから、状態に応じて自分たちで対処することもありますし、必要があれば獣医師に連絡します。手入れは毎日のシャワーとブラッシングが基本ですが、特に心がけているのは、ツメの手入れ。ツメが悪くなると、立てなくなったり動けなくなったりして、致命傷になることもありますから。それと、秋の終わりから冬にかけて「毛刈り」をします。手入れをしやすくするためですが、いっせいに毛を刈るわけではなく、生きものなので、その馬の体質や環境との兼ね合いを見ながら、臨機応変に対応しています。
厩舎管理の中心は寝藁作業です。馬房の便を取り除き、湿った藁を干して、新しい藁を足します。そのほかに、馬房に壊れた部分があれば、自分たちで修理したり、専門家に修理を依頼したり。わが家を管理するのと同じで、汚れが気になれば掃除もします。馬は「ドアが壊れてますよ」とは言ってくれません。でも、それが原因で馬がケガをしてはならないので、きめ細やかな目が必要な仕事です。
1人で何頭の馬を担当するのですか?
私が所属する函館競馬場の乗馬センターには15頭の馬がいます。その管理に携わっているのは3人の馬取扱技能職ですが、それぞれに担当の馬がいるわけではありません。出張で不在のときもあるので、いざというときに担当がいないというのでは困りますから。全員が15頭の状態を常に把握するようにしているのですが、個性も体質も違うので、けっこう大変です。休みの日は当番制で世話に当たるのですが、当番じゃなくても、だいたいみんな様子を見に来ます。やっぱりみんな馬が好きなんですね。
乗馬センターでの調教とは、どんな仕事なのですか?
乗馬センターの目的は大きく分類すると「誘導馬を含めた乗用馬の調教」と「乗馬の普及」の2つあります。ここに来るのは競走馬を引退した馬や、育成牧場を経て競走馬としてデビューしなかった馬がほとんどですが、そういった馬を誘導馬や乗馬向けに調教しなおすわけです。
競走馬はそれまで「よーいスタート」で走ることを教えられてきたわけですが、誘導馬には別のことが求められます。また、乗用馬は、多くの人とコミュニケーションがとれる馬でなければいけません。たとえば車の場合、速く走る車や、人をたくさん乗せる車があるように、馬にも、乗馬向き、レース向き、イベント向きなど、それぞれの適性があります。それを見極めながら、その馬に合った調教をするわけです。その馬に向いていることを見出してあげることは、その馬が長く活躍できることにつながりますから。
この仕事では、いちばん楽しいのも、いちばん苦しいのも馬に乗ることです。言葉が通じない馬に対して、人間の指示を聞くように調教するわけですが、その日の馬の気分や体調もありますし、自分がやりたいことができないときは苦しいですね。もちろん、調教がうまくいったときは楽しいし、うれしいです。
乗馬指導で心がけていることは?
乗馬は感覚で覚えるものです。その感覚を人に教えるのは、すごく難しい。同じことを教えるのでも、同じ言い方をしても、伝わる人と伝わらない人がいます。ですから、たとえば股関節が硬くて足を後ろに下げられない場合でも、「足を下げて」とか「上体を起こして」とか、その人その人に合わせた指導を心がけています。また、初めて乗馬される方には、恐怖心をもたれないよう、たくさん話しかけてあげます。怖くて固まってしまうと、何も聞こえない状態になってしまいますから。会話をすることで意識がそれて、余計な力が抜けるんですよ。
事務仕事とは、何をするのですか?
担当や立場によって違いますが、今、私が担当しているのは開催日のタイムテーブルづくりです。函館競馬場にいる3人の馬取扱技能職と、誘導馬やイベントに出る馬の一日のスケジュールをつくり、割り振っています。
競馬場での開催業務について教えてください。
主な業務は「誘導馬への騎乗」「誘導馬でのお客様お出迎え」「馬とのふれあいイベント」で、馬取扱技能職の職員がローテーションで担当します。
誘導馬へ騎乗する人は正装に着替えて、馬のゼッケンをつけ、入場門で誘導馬に騎乗して、お客様の「お出迎え」をしてから、誘導の業務に向かいます。お出迎えでは、希望される方がいらっしゃれば、時間が許す限り写真撮影にも応じます。万が一、お客様にケガをさせることがあってはならないので、実際に門のところに立たせる練習もしています。
イベントは主に体験乗馬と大型馬車、小型馬車で、体験を通じて乗馬を普及することを目的としています。また、競馬場ごとにオリジナルのファンサービスを企画する場合もあります。出張時の開催業務について教えてください。
主な業務は「白旗」「整馬」「検体採取」「放馬止」の4つです。
「白旗」は、発走委員の合図を確認し、発走のやり直しが認められる場合に、その旨を騎手に伝える業務ですが、経験を積んでから担当することになります。
「整馬」というのは、レースに出走する馬を、慎重かつ機敏にゲートに誘導し、安全で円滑な発走業務の遂行に努めることです。
「検体採取」は、ドーピング検査のために、走り終わった馬の1着から3着までの馬と、特に裁決委員が指定した馬の尿を採取する業務です。尿は競走馬理化学研究所が検査します。一般に運動後はよくおしっこをするのですが、たまに出ない馬もいます。70分たっても採尿できないときは、採血して血液検査をすることになるのですが、尿の方が正確な結果が出やすいので、採尿が優先されます。
「放馬止」というのは、ジョッキーが落馬して放たれた馬を捕まえる業務ですが、そういう場合、馬はものすごく興奮しているので、捕まえるのはとても大変です。これまで、いちばん印象深かったことは?
北海道の日高育成牧場にいたとき、自分が調教した馬がレースに勝ったことですね。最初は人が乗れないような馬だったのですが、まず人が乗ることを教えて、競走馬としての調教をして、それがセリで売られてレースで勝った。そのときは、調教という仕事のやりがいを実感しました。また、馬事公苑で自分が調教した馬が、今でも乗馬の普及活動で活躍している姿を見るのもうれしいことですね。ただ、1頭の馬に自分だけがずっと携わるわけではないですし、個々の馬に対して、あまり深い感情は持たないようにしています。別れるときにつらくなってしまいますから。
馬取扱技能職の仕事は、各競馬場の乗馬センターや、育成牧場での競馬の調教、乗馬学校の教官などいろいろありますが、これから先も、馬にかかわっていければ、どの職というこだわりはありません。人が乗れない馬を調教して、自分だけではなく、多くの人に触れられるようにすることにやりがいを感じています。
調教という仕事の魅力は?
私はもともと動物が怖くて、犬も触れなかったんです。馬はもっと大きいし、最初は怖かった。でも、たとえば怖がって暴れる馬にやさしく接していると暴れなくなるし、馬の個性や性格に合わせてかかわっていくと、コミュニケーションがとれるようになるんです。逆に、粗末に扱えばグレることもある(笑)。粗末に扱うというのは語弊がありますが、怒るタイミングを間違ったりすると、馬も反抗するんです。ですから、当然、接する人によって違う育ち方をします。AさんだったらAさん仕様になるし、BさんだったらBさん仕様になる。それが、馬とかかわることの醍醐味だと思いますね。 私が理想とするのは、みんなにかわいがられる馬。生きものに触れることはいいことだと思うのですが、今の子どもたちはあまり触れる機会がありませんよね。ですから、みんなにかわいがられる馬を育てて、いろいろなイベントを通じて、生きものと触れ合うすばらしさを広めていきたいと思っています。
調教は、中途半端な気持ちで取り組むとケガをする仕事です。ちょっと好きという程度では、たぶん挫折してしまうことになる。そのぶん、馬が好きな人にとっては、大きなやりがいのある仕事です。真剣に馬とかかわりたいという人は、ぜひ、応募してください。
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馬取扱技能職日高育成牧場業務課 育成係兼普及係鵜殿 稜河2016年度入会
入会の動機は?
私が競馬に興味を持ったのは高校1年生のとき。実はゲームがきっかけでした。そこから実際の競馬も大好きになり、将来は競走馬の育成調教を仕事にしたいと思うようになったのです。
獣医学部で動物について学べる環境だけではなく、馬術部のある大学を選んで進学。部活で馬術の練習を重ねていくうちに、馬術の面白さ、乗馬の調教を行うことの楽しさを実感することができました。やっぱり自分は馬の調教にかかわることを仕事にしたい、そのための技術をここでしっかり身につけていこうとしていた時間だったと思います。大学4年になって就職先を探す時期になり、牧場での仕事を考えていたとき、馬術部のコーチにその年の馬取扱技能職の募集があると紹介していただき、ここでなら競走馬の育成調教と乗用馬の調教の両方にかかわれると採用試験に応募。自分自身、馬術も続けていきたいと思っていたので、育成馬と乗用馬、どちらも調教できるのは魅力でしたね。
また、JRAは大きな組織でもあるので、安定した生活を維持しながら馬の仕事に専念できると思い、入会を決めました。牧場での育成調教とはどんな役割を担っている?
入会1年目は競馬学校での勤務を経験。騎手課程生、厩務員課程生が乗る馬の管理を担当しました。仕事として馬にかかわるのは初めてのことなので、私自身日々学びを深めながら調教や調整を行う毎日でしたね。
2年目からは現在の日高育成牧場で、育成馬の馴致・育成・調教、そして乗用馬の調教や指導も行っています。日高育成牧場は広大な敷地を持ち、仔馬、繁殖牝馬も合わせて100頭以上が育てられています。育成馬の生産を行っている部署もあるので、仔馬を育てている職員もいますね。
私が調教を担当している育成馬は、JRAで生まれ育ったホームブレッドと1歳のセリで購買してきた馬たちです。人を乗せたことがないまっさらな馬を、まずは人に慣れさせて騎乗できるようにすることから調教が始まります。人を乗せられるようになったら、次は速く走れるように育てていくのが私たちの役目です。
そしてJRAブリーズアップセールの現場でオーナーがつくように、セール当日の騎乗供覧で良い動きを見せられるように力をつけること。競馬で活躍できる馬を育てること。そのことを常に念頭に置いて、馬取扱技能職として育成調教を行っています。育成調教で心がけていることは?
調教をする上で最も恐れることは人のケガ。ふとした油断が大きなケガになってしまうかもしれません。こうした油断は馬のケガにもつながってしまうので、人馬の安全に留意して仕事をするように心がけています。
育成馬はまだまだ子どものため、大人の馬に比べると怖がりで、何かに驚いたときの反応も大きいです。そのため人も馬もケガをするとしたら、そのような状況にあることが多いと思います。しかし馬が驚いて突発的な行動を起こさないようにと慎重になりすぎると、その馬はいつまでたっても臆病なままになってしまう。怖がるものを怖がらなくなるまで慣らすといった作業も非常に大切です。いろいろな経験をさせて、少しずつ安全に配慮したチャレンジをさせることを意識しています。強い心を持った馬になってほしいですね。
また、私自身の乗馬技術向上が、今後関わる全ての馬のより良い成長に繋がることになるので、練習を怠らないようにしています。練習は昨日の自分を超えられるように、そして調教は担当馬が昨日よりも成長できるように、そのことを意識して、毎日少しでも前進できるように取り組んでいきたいです。具体的に育成調教とはどのようなことをするの?
馬との信頼関係を築くには、褒めるときは褒める、叱るときは叱る、人間が状況をしっかり判断して意思を伝えることが大切だと思います。「競馬で活躍できる力をつける」という目的を持って、決められたメニューを集団で取り組んでいくような調教をしていきます。
日高育成牧場の育成馬は、9月から騎乗馴致を行い、その後騎乗調教に移ってからは、主に屋内800mトラック、屋外1600mトラック、屋内板路、トレッドミル、ウォーキングマシンを活用して週5日間の調教をしています。4月のブリーズアップセールに向けて仕上げていくため、2月以降になると週6日の調教になります。
日に日に成長していく馬としっかり向き合って、いいことも悪いことも広い目で見て、私たち調教担当が把握していくことが求められます。いいことをたくさん覚えるように、そして悪いことは覚えないように。その基本は忘れずにいたいです。
現在私が担当している馬は、育成馬が3頭と乗用馬が1頭。自分の担当馬の調教だけでなく、厩舎の掃除や餌の用意、馬の体調管理や手入れなどを行います。もちろん自分の担当馬に限らず、他のスタッフの担当馬も合わせてそれぞれの成長にかかわっていきます。事務関連の仕事も担当する?
馬取扱技能職では、馬を扱う業務がメインとなりますが、事務仕事も大切な業務の一つです。内容は多岐に渡りますが、私がこれまで行ってきた業務は、イベント関連の企画・運営や馬匹関連の事務仕事です。イベント関連の仕事では、地域の方々対象の乗馬教室や、様々なイベントの際に行うホースショーの企画などを行いました。馬匹関連の仕事は、新たに馬をもらうときや、こちらの馬をどこかに譲渡する際に必要となる書類の作成・提出を行います。
競馬場での開催業務ではどんなことをしている?
JRAでの働き方の大きな特徴のひとつである開催業務。私たち馬取扱技能職も他の職員と同じように開催業務を担当します。しかし日高育成牧場の職員の場合は育成馬がいる9月から5月の間は、繁忙期になることから、育成馬のいない短い期間に毎年数回、競馬場での開催業務にかかわる程度です。そこで現在の私が任されるのは、整馬といって出走する馬をゲートに入れる役割や、検体の業務。検体では1着から3着の入着馬に対してドーピング検査を行うのですが、そこでの尿の採取などを担当しています。そのほかには放馬止の仕事に入ることもあります。
現在は開催業務に頻繁にかかわることはありませんが、日々馬に触れ合っている馬取扱技能職の技術を活かせる、非常に大切な業務ですね。これまでで印象に残っていることや仕事のやりがいは?
調教しているときから、他の馬とは違う素質が感じられていた一頭が、GⅠレースに出走したときは感動しましたね。走るスピード、体のバランスと見た目が美しく印象的で、期待を持って調教に取り組んでいたこともあり、GⅠで走る姿を見たときは「ここまでたどり着いたんだな」と感慨深くなったことが強く印象に残っています。
私はもともと競馬が好きでこの仕事をはじめたので、自分のかかわった馬がレースに出ているということにロマンを感じます。
また、担当していた乗用馬が初心者向けの町民乗馬教室で、地域の方を乗せている姿を見たことも思い出深いですね。その馬は引退した繁殖用牝馬で、繊細な性格だったことから調教が難しいタイプの馬でした。しかし時間をかけて調教をしていくことで、一般の方を安全に乗せることができるまでに成長。担当馬の新しい生き方をつくれたという喜びと、難しい性格の馬でも成果を出せたという手応えは、自分にとっても大きな自信になりました。学生の皆さんへのメッセージ
馬を扱う仕事というものは、世の中にたくさんあります。その中でJRAの馬取扱技能職は、馬にかかわることすべてが求められる職種です。また今はここ日高育成牧場で仕事をしていますが、いつかは競馬場やトレーニング・センター、競馬学校など全国各地の事業所に異動することになります。異動先では今と異なるスキルも求められるでしょう。このように様々な業務を経験できることもJRA馬取扱技能職の面白さだと思います。競馬にも乗馬にも興味がある、そんな人は私たちと一緒に楽しく働けるのではないでしょうか。
乗馬や競馬に馴染みがない多くの人たちに、その魅力を伝えられるようになりたい、それは私がいつも意識している目標です。「馬ってかわいいな」「馬に乗るのは楽しいな」、たくさんの人にそう思ってもらえるような馬づくりを、これからもずっと追い求めていきたいです。