スピーディかつ安全な精密検査法を確立し、
競走馬の下肢部疾患の
早期発見・早期治療を実現する
日本初!馬用立位MRI導入プロジェクト
当初海外では乗用馬を中心にMRI検査の応用が進んでいましたが、競走馬に対する有用性は未知な部分が残されていました。このような中、円滑な導入のために多くの獣医職員が高い意識を持って尽力し、導入から運用の確立まで複数年にわたるプロジェクトとなりました。
※ MRI:Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像診断)
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獣医職栗東トレーニング・センター診療課岡田 淳Jun Okada2003年度入会
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獣医職栗東トレーニング・センター診療課溝部 文彬Fumiaki Mizobe2008年度入会
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獣医職栗東トレーニング・センター検査課飯森 麻衣Mai Iimori2011年度入会
※プロジェクト担当時の部署名を記載しています。
毎年延べ2万頭を超える
競走馬の運動器疾患…
重要なのはその予防と早期診断!
アスリートである競走馬は、大きな馬体を支える下肢部の疾病と常に隣り合わせといえます。とくに競走馬の職業病とも言われる運動器疾患は、毎年延べ2万頭を超える発生があり、その予防と早期診断が極めて重要です。
JRA競走馬診療所では、検査水準を高めるため、常に新たな検査機器・技術の導入を模索していますが、そんななか馬に負担の少ないMRI検査装置があるとの情報を入手。それが当時最先端の画像診断装置であり、2002年に英国で開発された馬用立位MRIでした。このような背景から、日本の競走馬における診断的有用性を検討するための導入プロジェクトを立ち上げることとなったのです。
馬を立たせたまま検査できる!
馬用立位MRIに関する諸外国の知見を収集
そのような経緯で2009年の獣医海外技術向上研修を利用して獣医職員を派遣し、馬用立位MRIに関する諸外国の知見を収集。同研修において、これまで診断が不可能であった蹄内部の疾病や従来のエコーでは詳細な検査が困難であった部位の軟部組織の検査が可能となると判断し、2013年に国内初となる馬用立位MRIを導入することが決まりました。
2013年12月
栗東トレーニング・センターに
国内初となる馬用立位MRIを導入
装置の導入にあたっては、英国企業と何度も打合せを行い、2013年12月に無事に機器の設置に至りました。その後は英国より技術者を迎え、機器の操作法や管理方法を習得し、2014年2月より競走馬に対する検査を開始しました。
当初、同機器の調査に行った研修先では、乗用馬への利用が多く、競走馬への有用性は広くは知られていませんでした。そのため、導入後も、本当に競走馬でも様々な疾病の診断が可能なのか?という不安を感じていました。ただ、導入した以上、その機器の有用性を証明することが責務であると考え、運用確立のために立ち上げられたチームを中心に様々な疾病の検査にチャレンジする日々が始まったのです。
MRI検査の活用法を模索した結果、
競走馬診療に欠かせない機器となり
美浦トレーニング・センターにも
導入決定
導入後は、現役競走馬に特化して利用するうえでの活用法を模索するべく、多くの下肢部疾患の検査を実施しました。国内初の診断機器のため、画像の読影には苦労が多く、獣医系の大学から画像診断専門の先生を招聘して講義を受けたり、読影に関するアドバイスを受けたりしました。
また、2014年には再び海外研修の機会を利用して欧米の馬診療施設を訪問し、診断に適した画像を得るためのテクニックや馬の鎮静法を学びました。試行錯誤しながら検査ガイドを作成し、一から検査体制を構築したことは大変ではありましたが、やりがいも感じる部分でした。
結果、競走馬の検査にも有用であることを明らかにでき、競走馬の診療に欠かせない検査機器として、2019年には美浦トレーニング・センターにも導入が決まりました。
臨床現場のニーズに応えて、
競走馬診療に携わる獣医師や生産地へ
積極的に情報を発信
馬用立位MRIは国内初の導入であったため、トレーニング・センターだけでなく競馬サークル全体から注目を集めました。実際の検査手順や費用、適応症例について、多くの問い合わせがありました。
このため、2014年の検査開始以降、獣医師向けには学会や講習会、生産地向けにはシンポジウム、調教師やマスコミなどの競馬関係者向けにはセミナーや広報誌を通じた情報提供を積極的に行いました。その結果、跛行の原因がわからず困っているのでMRI検査を依頼したいといった相談を多数受けるようになりました。
今まで分からなかった病変も診断可能に
質の高い競走資源の確保や
重篤な疾病の発症予防に貢献
東西のトレーニング・センターにMRI検査が導入されたことで、従来の検査法では発見できなかった微細な骨折や腱・靭帯の損傷を検出できるようになり、そのままトレーニングを続ければ重篤な疾病につながる可能性のある病変を、早期に発見できるようになりました。
また、調教師などの厩舎関係者に対し、原因箇所を客観的で分かりやすく説明できるようになったため、適切な治療やリハビリに対する理解が得られやすくなり、より多くの競走馬の競走復帰の手助けができるようになったと実感できたのです。
競走馬の重篤な疾病の発症予防は、馬自身はもちろんのこと、騎乗する騎手の安全にも関わる重要なテーマですので、競馬主催者として、MRIのような先進的な診断装置の活用を一層進めていきたいと考えています。
「競馬に向かう競走馬」を
支え助けるため、
JRA競走馬診療所の挑戦は
これからも続く
現在のJRA競走馬診療所は、これまでの多くの先輩たちの経験や努力のうえに成り立っています。
今回のプロジェクトのように、新しいことにチャレンジすることには失敗や苦労がつきものですが、その1つ1つが、いつかは競走馬診療所の糧となっていきます。このプロジェクトを通じて、組織として大切なのは、より良い治療法や新たな検査法の導入を目指して挑戦する仲間を信じて送り出し、また例え失敗して帰ってきても温かく迎えいれる環境を作ることだと感じました。
JRA競走馬診療所は、これからも失敗を恐れずチャレンジできる場を大切にし、そして1頭でも多くの馬が競走復帰できる獣医療の提供を目指して、これからも挑戦を続けていきます。